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 16.March.2002

ケンメア
 
帰国後、村上春樹さんの 「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」
を読み返してみると、 私達とほぼ同じルート、
ほぼ同じタイプのレンタカーで移動していて、
ここケンメアの写真も何枚か載っていたので、 何だか嬉しくなってしまったのですが、
確かにケンメアは、いかにも「村上春樹な雰囲気」の町でした。

そして、ここの町は、今回の旅の立役者である 愛介さんのお気に入りの町でもあり、
その町で私も、きっと一生忘れることができないほどの 良い思い出を作れたことは、
本当に、本当に、 仕合わせなことだったと思います。





■■

ケンメアは、とても小さな町です。
ぐるっと廻ったら、もうおしまい。
なのに、ジョンが予約しておいてくれたホテルが見つからないのです。
仕方なく、海の側にも足をのばしてみると、丘の上にありました!
なんと、広い敷地に立つ大きなリゾートホテルだったのです。
日本人なら、こちらの方が「普通のホテル」と感じるはずなのですが、
染まりやすい性格のせいで、逆にそういうタイプの方を珍しく感じ、
「おぉおおぉ、リゾートホテルだ!」と妙に感動してしまい、
思わずガラス張りのレストランでフルコースディナーを食べてしまったのでした。
でも、セッション出陣前にお腹が苦しくなってしまい、後悔したことは言うまでもありません。

さて、ホテル内を探検してみると、結構立派なパブがあり、
「MUSIC from 9:00PM」と書かれてあったので、
喜び勇んでその時間に行ってみたら、NG。
だって、「お仕事で仕方なく演奏しています」風のバンドが演奏していたのですもの。
これでは、セッション参加もゲリラライブも無理そうです。
仕方なく、ホテルマンから情報を入手して、町まで繰り出すことにしました。

■■

アイルランドでは、小さい町にも、かなりの数のパブがあるそうですが、
ケンメアにも、例外なく沢山ありました。
けれど、ナマでセッションしているパブに絞ると、そう沢山あるわけではないし、
毎日セッションが繰り広げられているわけではないそうなので、
祈るような気持ちで、ホテルマンが太鼓判を押してくれたパブのドアを開けてみました。

ところが、お客さんは、3人だけ。
でも、壁にここのパブでセッションしている写真が貼ってあるし、
ギターを抱えた人が一人居たので、可能性は低くなさそうです。
「もうすぐ、ミュージシャンが集まってくる。」
そう信じて、待つことにしました。
壁の写真を参考に、ミュージシャン達が陣取る場所を予想し、
迷惑にならず、仲間に入れて頂けるチャンスがありそうな場所を確保し、
これ見よがしに楽器をテーブルの上に置いておきました。

ところが、「ハロー!」と入ってきたのは、体育会系の若者達。
それも、お揃いのユニフォームを着た2〜30人で、ドドドドドーッと・・
あっという間に、私達が考えに考え抜いて座った場所も占拠されてしまったし、
(というより、コーナーに追いやられて、閉じこめられてしまいました)
例のギターの人も、どこかに追いやられてしまったようでした。
あー、なんてことを!
でも、リーダーとおぼしき青年が、私達の楽器に気付いて演奏を促してくれたので、
その若者達のために日本の歌やアイリッシュ・チューンを奏でながら、
しばらく様子を見ることにしました。

彼らは、「ボーイズナイト」と呼ばれる集団だったのですが、
「結婚式前日までの一ヶ月間、新郎と狂ったように遊ぼう」
という趣旨で集っているらしいのです。(ガールズナイトもあるらしい・・)
それにしても、ユニフォームまでわざわざ作って大騒ぎするとは!
こんなに大騒ぎしてしまったら、そうそう簡単には離婚出来なくなるという算段でしょうか?
そういえば、アイルランドはカトリックの国ですものね。

さて、そのお兄さん達、私達の手に負える代物ではなくてですね、
「一緒に歌いましょう」と誘ったら、ツェッペリンの曲をガナルし、
耳元まで近づいては大声で喋りかけてくるし、触ってくるし・・
とてもじゃないけれど、演奏出来る雰囲気ではなくなってしまったので、
新郎にお祝いの言葉を述べてから、脱出。
期待していた一軒目は、こうして幕を閉じたのでした。


「Stairway to Heaven」は、大昔流行った曲よね。若者じゃなかったのかなぁ・・

さて、2軒目には、ステージがありました。でも、ちょっと雰囲気が違う。
一応、大混雑の店内をぐるぐるーっと廻ってみましたが、
やはり、楽器を持った人はいないようでした。
3軒目は、音楽が外に漏れていたので、期待してドアを開けてみたのですが、
入ってみると、CDがかかっていただけ・・
こうして、一軒一軒、自分達の足で行ってみたのですが、
小さい町ですので、全制覇するのに、そんなに時間はかかりませんでした。
昨日のこの時間は、楽しいセッションの真っ直中だったと思うと、切ない気分でした。
致し方なく、トボトボとホテルへ戻ってきたのですが・・
ここで諦めないのが私達!
「最後に、もう一度、ホテルのパブに行ってみようよ。」

■■

廊下側から覗いたら、まだ沢山のお客さまで賑わっていました。
でも、どうやら団体客のようで、皆さん輪になって何かを話しています。
「これじゃ、飲むのにも入り難いよね。」と言い合っていたら、
中から紳士が手招きしてくれました。
躊躇していると、手招きする手の数がどんどん増えていくではありませんか!
「そんなに歓迎してくれるのなら、混ぜて頂こう。」ということになり、
入って飲み物を注文していると、
私達のまわりに皆集まってきて、自己紹介をしてくれました。
私達のこともいろいろ聞かれたので、「アイルランドには音楽を演奏しに来た」と答えると、
「じゃ、私達の為に、何か演奏してくれるよね?」
と言われ、ステージへ連れていかれ、
何が何だかわからないうちに、盛大な拍手を受け、
いとも簡単に、念願だったゲリラライブが始まってしまったのでした。

■■

にわか練習のみだったので、レパートリーも数曲しか持っていない私達。
でも、考えてみたら、娘を除けば、プロデューサーズ!
たいした出し物が無くても、企画力はあります。
「人を喜ばせる」ためなら、恥も外聞もありません。
こういう時にこそ、この力を発揮しなければ!

で、「いい?とにかく音が無くならないようにね!」という愛介さんの発言に、
「わかった。曲がわからなくても、アドリブで繋げばいいのね!」と私。
「机を叩いてもいいし、歌を歌ってもいいから、とにかく参加するんだよ。」と促す夫に、
頬を赤く染め、緊張しながらも嬉しそうに頷く娘・・


残念ながら、この夜の写真は一枚もありませんでした。集中していたのね〜。

最初は、この時のために用意しておいたアイリッシュ・チューン、
それから、観客のほとんどがスコットランド人だったので、
知っている限りのスコッティッシュ・チューンを演奏してみました。
「蛍の光」が途中から、なぜか「麦畑」に変わってしまったり、
適当なキーで吹き始めたら、歌えるキーではなかった・・という失敗もありましたが、
娘が歌い始めると、皆も一緒に合わせて歌ってくれましたし、
習いたてで、ほとんど疎覚えだったジグ&ポルカにも、踊り出す人、続出!
愛介さんがそんな会場の様子を見ながら、「次、速いの」「次、エアー」と号令を出してくれるので、
私が曲を決めて、夫がリードを吹き始める・・という役割分担も自然と出来上がってきました。

リクエストされて演奏した日本の歌シリーズも、
愛介さんお得意のブルーグラスや、夫のジャスナンバーも、気に入って頂けたようですし、
わざわざギネスを持って感動を伝えに来てくれる人々の励ましのおかげで、
私達こそ、とっても気持ちよく、念願だったゲリラライブを成し遂げることができ、
120%の満足度。
本当に本当に仕合わせで、胸が一杯でした。
私だけでなく、皆、本当に清々しい顔をしていました。

■■

そして、次の日。
朝起きると、「昨夜の出来事は、夢だったかも」と思えてきたので、
「それならそれでもいいや。」とニヤニヤしながら廊下を歩いていると、
「Good Morning!」と声をかけられ、握手を求める手が私の目の前に・・
意味が分からず「???」という顔をしたら、
「You are the best! Marvelous musicians!」と言われ、吃驚仰天!
なんと、昨夜の観客の一人だったのです。

その後、朝食を食べに行っても、沢山の拍手で迎えられましたし、
もう、ホテルのあちらこちらで絶讃されてしまいました。

でも、疎覚えのつたない演奏だったはずなのに、なぜ?
それは、私達が、本当に心の底から楽しんでいたし、
心の底から楽しませたい・・と思っていたからでしょうね。

音楽こそが、世界共通語だと思います。
音楽を通してなら、世界中の人々に自分の気持ちを伝えられる・・
改めてそう思いました。